第27回 グラフィックアート『ひとつぼ展』審査会レポート
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第27回グラフィックアート『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
一年後、この会場中の壁を真っ黒にしたい
その強い思いが2回目の挑戦で現実になった
■日時 2006年8月24日(水)18:00〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2006年8月21日(月)〜9月7日(木)
●「ポートフォリオと展示に大きなブレはなかった」「だれを選んでも力はある」
午後6時前、先ほどまで展示会場で審査員の質問に応えていた出品者10名が、一般見学者の待つ公開審査会場へと姿を見せた。どの顔もこれからのプレゼンテーションを前に少しこわばった表情。続いて、展示作品のチェックを終えた5人の審査員が入場し、中央のテーブルに着席する。いよいよ、第27回グラフィックアート『ひとつぼ展』の公開二次審査会がはじまった。まずは、出品者ひとりひとりが自身の作品の説明や個展プランを自分の言葉でプレゼンテーションした。概略を以下にまとめた。
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qp
自分の考えを感覚的に表現しながら、絵の中で人間とモノの新しい関係を探っている。それは、ある物語をつむぐことでもある。今回は椅子と人間の関係性の中で、自分の感覚が喜ぶ表現をめざした。個展プランは、絵のモチーフの関係を際立たせるために背景、すなわち会場中の壁を真っ黒に塗りつぶして、関係性の海をつくりたいと思っている。
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にしかわ
女の持ち物シリーズの作品。女と共存する有機的な「物」から発せられるエネルギーを感じて、自分の想像の世界の物語を描いた。自然からもらう面白さ、美しさ、怖さなどの感覚を表現し続けたい。個展をやれるとしたら、一見不安定で弱そうだけど実は強い、そんな絵をもっともっとたくさん描いて展示したい。
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イクタ
きれいなモノやおいしいモノなど日常的にあるものが、グロテスクで非日常的なモノに転じる様を、ユーモアを交えて描いている。ケーキをモチーフに選んだのは、私自身が生クリームにグロテスクなイメージを持っているから。絵に登場するキャラクターは自画像と言ってもいい。個展のプランは、様々なスイーツを組み合わせて会場を飾りたい。
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堀川
以前から建物や街が好きで描き続けている。今回の作品はまったく違う2つの展望台なのに、なぜか同じ記憶が呼び起こされ、そのイメージを再構築した表現。遭遇する記憶と既にある記憶がテーマ。個展プランは「連鎖する記憶」と題して、誰かの記憶が別の誰かの記憶と繋がっていくような作品を創作したい。
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堀
頭で考えるのではなく、手が勝手に描いた絵。自分は絵を描いている時には「生きている」と強く思える。そういう意味で「生と死」を描いているのだと思う。ずっと描きためてきたものがたくさんあり、もったいないと思って今回、色をつけて出品した。人に見せたいと初めて思った。
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山下
田舎で生まれ育って、自然に飽き飽きしていた。高層ビルが建ち並ぶ都会に出てきて、そんな自然が愛おしく思えた。人間が作った幾何学的なものと自然の中にある有機的なもの、その2つが存在する空間に魅力を感じて、それらを組み合わせた空間を絵で表現した。個展でもこんな空間を描きたいと思う。
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松上
プールという守られた空間の中で好き勝手に遊びまわる犬や子供たちをモチーフにした絵。かれらの生まれ持った暴力性とあどけない仕種を目にして、このグロテスクなイメージが生まれた。個展プランは、プールにはこだわらずに、これまでに描いてきたものを再構築して今までにない新たな表現をつくり上げたい。
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仲子
今年の冬に飼っていた鳥が死んだ。その出来事や、その時に感じたことをきっかけに空間をテーマとして制作した。私は隣人が立てる何気ない音から、いろんなことを想像してみる。そこから空想がふくらみ、独自の物語が生まれる。私の絵の中は、そんな私だけの妄想でいっぱいになっている。
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櫻井
「うさぎの透明なおもちゃ」をモチーフにして描いたのは、空っぽさと存在したい感じを出したいと思ってのこと。私の場合、日常の鬱憤がたまった時や納得のいかないことがあった時に絵を描くことが多い。人や動物がモチーフになるのは、彼岸の世界を表現しているのかもしれない。個展では照明を落とし、薄暗い空間のなかで観てもらいたい。
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尾崎
ハッピーでキュートで現実離れした訳の分からない世界が好きで、それを私なりの表現で絵にした。子供や動物の理解できない行動を「可愛さ」と捉え、そのイメージを絵に描くことで自分の心の整理をしている。私の絵を観た人が、単純に楽しめて、みんなハッピーで優しい気持ちになれたらいいと思っている。
10名の出品者が自作を説明し終わったところで、審査員に全体的な印象を述べてもらう。まずは井筒さんが「何名かの作品はどれもそれぞれに良いので非常に悩んでいる。だれをグランプリに選んでも力はあると思う」と言えば、続く青葉さんも「うまい人、感性の良い人、それぞれにいる。だれが世の中に出てもそこそこいけると思うが、グランプリを獲る人となると決め手に欠ける」とほぼ同じ印象。続いて服部さんは「こうして聞いてみると、プレゼンテーションは難しいものだと改めて思う。しかし、自分の作品を自分の言葉で説明できるというのが『ひとつぼ展』のユニークな特徴でもあるのだから」としみじみと語れば、第1回『ひとつぼ展』入選者でもある小阪さんが「作品を観るだけでなくて、プレゼンテーションで将来のビジョンまでを聞けたのは良かった。これを聞いて、自分の中では接戦になった」と苦笑する。そして最後に、大迫さんが「全体の印象としてはポートフォリオと展示に大きなブレはなかった。みんな力のある作品が揃ったと思う」と述べた。次に出品者ひとりひとりに対して、各審査員が意見を交換し合った。
●「頭一つ抜けていると思う」「説明にも説得力があった」
まずプレゼンテーション順に、qpさんの作品について。
「総合的にみると頭一つ抜けていると思う。しかし、僕はこの人の作品は他のコンテストでも観過ぎているので、今さらの新鮮さはあまりなかった」と井筒さんが口火を切ると、服部さんが「すごく良いなと思った。イラストレーションの技術も独特の感覚もある。またプレゼンテーションでの作品説明にも説得力があった。大きな作品を1点のみ展示というのも目立っていた」と言い、青葉さんが「動物園でいえばメインの動物ではなく、変わり種のような作品。今後、プロになっていろんな注文に応じられるかは疑問」と実力は認めながらも厳しい見解。小阪さんは「1次審査で初めて観たとき、すごいインパクトだった。しかし、今回、一坪大の大きな作品を1点だけ展示する意味がよくわからなかった」と困惑気味。「『ひとつぼ展』出品は今回が2回目だが、もうあるレベルに達していると思うので、前回以上の驚きはない。グランプリになってもおかしくないレベルだと思う」とは大迫さん。
続いて、にしかわさんの作品について。
服部さんが「大小の作品を織りまぜたランダムな見せ方は、作品を良く観せていないので残念だった。単体の作品は印刷物に使用されると良いだろうと思う」と展示方法に苦言すれば、井筒さんは「原画の展示は迫力があった。しかし、何か物足りなさもある。何かはわからないけど」と作品の力は認める。「ポートフォリオよりも展示作品のほうが良かった」と小阪さんが言えば、大迫さんは「最初はピンとこなかったが、プレゼンテーションを聞いてすごく良かった」と評価する。
次にイクタさんの作品について。
「描き込み方はすごいが正直なところ絵には興味が持てない」と井筒さん。服部さんも「ポートフォリオのモノクロスケッチが良かったので、展示作品にもその良さが出るとよかったのでは」と物足りない様子。大迫さんが「1次審査で推した作品。今回の展示ではちょっと伝わってこなかった」と言えば、小阪さんも「作者が考えているものとこちらに伝わってくるものが違うと思う」と言及。
そして堀川さんの作品について。
井筒さんが「前回に引き続いての出展だが、今回のほうが良かった。しかし、テーマで自分を縛り過ぎているように思う」とモチーフに変化を求める。青葉さんも「上手い。しかし、もうちょっと描き込めば良いのに」と注文をつけると、大迫さんが「描き込んでいるけど、そのパワーが届いてこない」と温度差を指摘。小阪さんは「個人的に好きな作品。1次審査で推したが、プレゼンテーションを聞くと、評価していた部分と本人の考えが少し違った」と困惑気味。
堀さんの作品について。
「1次審査で推した。やはり、作品の力はあると思う」と服部さんが言えば、「迫力があって好きな絵。コンピュータで描くより手描きにしたら、もっと強くて魅力的になると思う」と井筒さんも続く。一方、青葉さんは「これは他人に見せるものではないと思う。こういうものを創ろうと思って制作しないと作品にはならない」と手厳しい意見。小阪さんは「展示の印象は良かったが、自分がどうなっていきたいかというビジョンがほしい」と姿勢を問う。
山下さんの作品について。
大迫さんが「上手い人。すぐにカレンダーになりそうな作品」と言えば、青葉さんも「確かに上手い。しかし、どこにでもあるようなシチュエーション。もう少し感じるものがほしかった」と注文を出し、服部さんも「観ている方があまり楽しさを感じられない絵」。
松上さんの作品について。
青葉さんが「グロテスク感が面白い。エネルギーが感じられる」と言い、「表現力もある。世界観も良い」と大迫さんも続く。服部さんは「無理に面白くしようとしている感じがする」と評価が別れる。
仲子さんの作品について。
「感覚的に描いた絵に見えるが、かなり意識していると思う。造形構成が上手い」と服部さんが褒めると、大迫さんは「描かれている世界はかなりディープ。大きな絵にするともっと良かったかも」と可能性を評価し、青葉さんも「ある種、天才肌。もっと観てみたい」とベタ褒め。
櫻井さんの作品について。
小阪さんが「すごく上手い人。これで展覧会をしたら見ごたえがあると思う。もっと冒険もほしい」と評価すれば、井筒さんも「作品の力強さはある。ポートフォリオの作品の顔は良くなかった」と概ね評価。「このレベルが描けるのなら、いまのスタイルを続けていけばいいと思う」とは青葉さん。
尾崎さんの作品について。
井筒さんが「原画ではなく出力を展示するのは、作品に対する意識が足りない。絵は面白いと思う」と言えば、大迫さんが「自我をもっと出せば絵も変わっていくかも」と絵の面白さに触れると、青葉さんは「もっと上手くなりそう」と期待値を込める。
●「議論は尽くした」「どちらの個展が観たいか」
各審査員による意見交換も終わり、「議論は尽くした感があるので、ここで投票してもらうことにしましょう」と大迫さんが進行。それぞれがグランプリ候補3人を選ぶことになった。悩む井筒さん、服部さんが最後に投票し、いよいよ結果発表。
青葉/qp 仲子 尾崎
井筒/qp にしかわ 堀
小阪/堀川 櫻井 尾崎
服部/qp 堀 仲子
大迫/qp にしかわ 仲子
これを集計すると、
qp/4票 仲子/3票 にしかわ/2票 堀/2票 尾崎/2票 堀川/1票 櫻井/1票
qpさんが4票、仲子さんが3票を獲得し、グランプリ候補はこの2人に絞られた。そこで、決選投票をすることになる。審査員全員に紙が配られ、5人の審査員がそれぞれどちらかの名前を書き込む。緊張して審査員を見つめる出品者の両名。息を呑んで見守る見学者。この次の瞬間でグランプリが決定する。集計された用紙を大迫さんが読み上げた。「qpさん3票、仲子さん2票」接戦を制したのは前回に引き続き2回目の出展となったqpさん。どっと会場が沸く。「第27回グラフィックアート『ひとつぼ展』のグランプリは、qpさんに決定」と高らかに大迫さんが宣言。ざわつく会場の熱気の中でqpさんが「グランプリに選んでいただいてありがとうございました。一年後の個展は絶対に面白いものにしたいと思いますので、楽しみにしていてください」とあいさつをして拍手を浴びた。審査員からはいつも以上に厳しい言葉が飛び出すなど、活発な意見が交わされた公開二次審査会。前回出品で2票を獲得するも惜しくも涙を呑んだ経験を活かして、見事qpさんがグランプリを受賞した。
●「一年後に会場中の壁を真っ黒にしたい」
審査会が終わって、オープニングパーティーの最中に出品者に聞いた。3票を獲得し最後の決選投票で惜しくも1票差でグランプリを逃がした仲子さんは、悔しさも見せずにさばさばした表情で「審査会はおもしろかったです。もっと人に訴えかけるような作品にしたいですね。観る人に伝わる絵を描きたいです」と語ってくれた。2票を獲得したにしかわさんは「審査会はおもしろいですね。いろいろと参考になりました。新たな作品ができそうな気がしてきます。1票でも入ってほしいと思っていたのでよかったです」と満足顔。2票を獲得した堀さんは「今回の出展については満足しています。グランプリを受賞して、一年後にもっとたくさんの作品を展示したかったのに。反省点はプレゼンが伝わらなかったところ。自分のことをわかってもらえなかった」とプレゼンを悔やむ。2票を獲得した尾崎さんは「自分の力のなさを痛感しました。他の人の熱意や姿勢を感じて、自分
の意識と差があると思いました。今後は自分の個性で勝負できるように努力していきたいですね」と謙虚に反省しきり。1票を獲得した堀川さんは「今まで自分では気付いていなかったことを気付くことができてよかったです。作品を描いた時点では持てる力を出せたと思いますが、今日の審査会でいろいろ聞けたことで、また違ったものが創れると思いました」と前を見据える。1票を獲得した櫻井さんは「結果は悔しいけれど、やれることはやったのでスッキリしています。今回、挑戦できて良かったです。グランプリの壁は厚いけれど、もう一度、再挑戦したいですね」とにこやかに語ってくれる。イクタさんは「刺激を受けました。自分でも思っていたことをズバリと言われ、もっと頑張ろうというエネルギーが湧いてきました。生の声が聞ける公開審査は良いですね」とさらに創作意欲に火が点いた様子。山下さんは「プレゼンテーションで緊張したけれど、作品は思い通りのものができました。イラストレーターかデザイナーをめざします」と納得顔。松上さんは「残念です。次回、頑張ります。ぜひ再挑戦したいです」と少々落ち込みながらも前を向く。そして最後に、見事グランプリを獲得したqpさんに聞いた。「前回はプレゼンテーションでうまく説明できなかったが、その反省を活かして今回はうまく説明できました。『ひとつぼ展』はプレゼンテーションが大事だと思います。一年後の個展では、人とモノなど様々な関係性をテーマに作品を展示したいですね。会場中の壁を真っ黒にして、テーマをきわだたせたいと思っています」。プレゼンテーションでは関係性にこだわったqpさん。インタビューした時には、まだ親にも友だちにもグランプリ受賞の連絡をしていないということだが、その関係性はいかに…。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>